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前橋地方裁判所 昭和51年(わ)443号 判決

本籍

群馬県前橋市日吉町四丁目一七番地

住居

同県同市同町四丁目一番七号

会社役員

金古廣治

明治三四年八月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官金谷幸雄出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役四月及び罰金七、〇〇〇、〇〇〇円に処する。

この裁判確定の日から一年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

被告人は、群馬県前橋市日吉町四丁目一番七号に居住し、昭和四六年一二月三一日常務取締役として勤務していた同県渋川市二、二一六番地株式会社吉野組製絲所を退職し、以後同社の非常勤役員をしているものであるが、右吉野組製絲所ほか一社から受ける給与所得などのほかに、横浜生糸取引所取引員蚕糸共同株式会社などに対し商品先物売買の委託を行うことによる所得があつたのに、これを申告すべき総所得金額に算入しないで秘匿し、その所得税を免れようと企て、昭和四八年一月一日より同年一二月三一日までの間、実際の総所得金額が別紙(一)修正損益計算書記載の事業所得金額及び給与所得金額の合計である六二、六八五、四九四円で、これに対する所得税額は、別紙(二)脱税額計算書記載のとおり三五、一三七、一〇〇円であるのに、昭和四九年三月八日前橋市表町二丁目一六番七号前橋税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は給与所得一、三一八、二五〇円で、これに対する所得税額はない旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額との差額三五、一三七、一〇〇円の所得税を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  被告人の収税官吏に対する質問てん末書六通

一  前橋税務署長宮島勝晴作成の証明書

一  被告人作成の昭和五〇年八月六日付、同月八日付(全三枚のもの)、同月同日付(全二枚のもの)、同月二二日付(自動車の減価償却費の内訳と題する書面添付のもの)及び同月同日付(昭和四八年分ゴルフ招待経費の内訳と題する書面添付のもの)各答申書

一  井上武(二通)、鏡康夫(昭和五〇年二月六日付のもの、同年八月二二日付のもの)、近藤誠一、丸山建治、桜井正生、木村信一及び大塚良昭作成の各答申書

一  井上金太郎作成の証明書二通

一  吉家運平、丸山建二、井上武、近藤誠一の収税官吏に対する各質問てん末書

一  収税官吏作成の井上商事株式会社調査関係書類、蚕糸共同株式会社調査関係書類、丸静商事株式会社前橋支店調査関係書類及び武州商事株式会社横浜支店調査関係書類

一  収税官吏作成の商品先物取引損益調査書、商品先物取引委託証拠金等残高調査書、有価証券増減内訳及び各年末現在残高調査書、年度別預金残高および受取利息調査書、土地取得明細及び各年度末現在土地勘定残高調査書、店主貸調査書、店主借調査書並びに借入金、支払利息調査書

一  押収してある残高照合書綴二綴(昭和五一年押一〇一号の一、一〇)、第一二回国際絹業大会出席関係書綴四通(同号の一五ないし一八)、一九七三年度版蚕糸手帳一冊(同号の二〇)及び印章八個(同号の二六)

(法令の適用)

被告人の判示所為は所得税法二三八条一項に該当するので、情状によりその所定の懲役と罰金を併科のうえ同条二項を適用して、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役四月及び罰金七、〇〇〇、〇〇〇円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは、金五〇、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお情状により同法二五条一項により、この裁判確定の日から一年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(争点及び情状について)

一  弁護人は、被告人の本件ほ脱所得すなわち商品先物取引による清算益は、所得税法の所得分類からすれば雑所得であつて、事業所得ではない旨主張し、その理由として所得税法二七条、同法施行令六三条一二号の規定上「事業」の実質的概念を明確に規定せず社会通念に委ねられており、所得税法基本通達(国税庁公開通達昭和二六、直所一-一、同改正昭和四五、直審(所)三〇)においても有権的解釈が示されていない。ところで被告人は商品取引を行うに当つて特に営業所を設けたり、人を雇つたりした事実もなく、自宅において電話を利用して売買の指示をしていただけであり、職業も非常勤ではあるが会社の取締役の地位にあつて、客観的にみれば被告人の商品取引行為が事業であると認める根拠はない。そして税務署における実情も商品取引によつて生ずる所得の分類については内規がなく、前橋税務署の実務の慣例も常に雑所得に分類されており、また被告人が本件につき昭和五一年二月前橋税務署に提出した修正申告の所得分類は雑所得であるが、同税務署も右修正申告を是認し、その後右所得が事業所得に該当する旨の更正処分を受けておらず、更に被告人の昭和四八年度分住民税についても前橋市長は昭和五一年二月一八日賦課処分をしたが、右処分においても所得分類は雑所得としている、というのである。

よつて考察するに、前掲各証拠によると、被告人は、判示のように会社退職後は非常勤であるところから生活の維持、資産増加のため、その経済活動の大部分を生糸等商品の清算取引及びその情報収集、調査研究にあて商品先物取引による差金決済による利得を目的として継続的に行つてきたものであつて、本件昭和四八年度中の取引回数も極めて多く、その取引委託先も四社を数え、取引商品も五部門にわたり、実名、仮名を用い、金額的にも生糸部門で八、五〇〇万円余の売買差益、乾繭等四部門で一、五〇〇万円弱の売買差損という多額に及んでいることが認められるので、これらの事実によれば、その取引は被告人の計算と危険においてなされた独立的経済的行為であつて営利継続性を有し、社会通念上対価を得て継続的に行なう事業と認めるに足りるものと考える。たしかに被告人の取引形態は当業者のように事務所等の物的人的施設組織を具備していないものであるが、もともと一般顧客としての取引態様からすれば、特に必要としなかつたまでのことであつて、右施設等が「事業」としての構成上必要不可欠のものではなく、また税務行政上の慣行も右認定を妨げるものではない(最一小決38・10・31税務訴訟資料四〇号五五七頁、最三小決49・3・22同資料七八号三九八頁、東京高判48・9・12同資料四〇号四九二頁、名古屋高判43・2・28同資料五二号三三七頁参照)。

二  情状について考えると、被告人は、昭和四六年ころから会社勤務のかたわら副次的に商品先物取引を始め、判示会社退職後の昭和四七年度から本格的に開始したものであるが、昭和四六年度は約六六〇万円の損。同四七年度は約七三〇万円の益、同四九年度は約四、二〇〇万円の損、以上四か年通算差益は約二、九〇〇万円となつている。しかし本件については事実を争わず卒直にその非を認め、国税査察官の指示どおり修正申告をし、その納税についても誠実に履行する意思を有しているところ、その後の取引差損のため被告人の全資産をもつても納税額に不足の状態であり、分納を認められてはいるものの苦境におかれている。そして被告人は現在妻との二人暮しであるが、これまでの経歴、家庭事情及び反省状況とくに老令であることなどを考えると、量刑上酌量する必要があるものと考える。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 高山政一)

別紙一

修正損益計算書

自 昭和48年1月1日

至 昭和48年12月31日

別紙二

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